ホッホーとは、ふくろうの鳴き声です。また、「なるほど、なるほど、ホッホー」と感心する声でもあります。


by hohho-biny

2010年 05月 23日 ( 3 )

無言館への旅 その三

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無言館と反対側の坂を上ると若くして亡くなった画家”村山槐多”の名をとった槐多庵があり、現代作家の作品を展示しています。今回は立原道造の展覧会をやっていました。傾斜地を利用した面白い三階建てでした。





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すぐ向かいには、ツタの絡まる信濃デッサン館があり、才能を持ちながらも若くしてこの世を去った夭折の画家たちの作品が展示してあります。







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隣接するカフェは、大きなガラス窓になっていて、塩田平が展望できます。
地元産のリンゴジュースを飲みました。








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デッサン館の右手は参道になっていて、
前山寺に通じます。
藤、牡丹、ツツジが見ごろとのことで、
行って見ました!

参道の途中に樹齢700年の大イチョウが
ありました!
大きすぎて全形は撮れません。








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花たちは無言で精一杯の生命を咲かせていました。
無言館の旅を歓迎してくれているような満開の花々でした♪
by hohho-biny | 2010-05-23 17:57 | 気まま旅

無言館への旅 その二

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1997年8月に訪問した時に求めた画集です。
展示されている作品と一人一人の経歴と戦死地、その絵を手離す時に遺族が語った真実の言葉が簡潔な文章にまとめられていて、何度読んでも涙がこぼれます。







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1999年7月、第Ⅱ集が出ました。
無言館の来館者が綴った「感想文ノート」からの声が織り込んであります。
始めのページに「無言館」館主、窪島誠一郎の詩が載っています。
素晴らしい詩なので、ここに書き写して記録します。





あなたをしらない
         窪島誠一郎



遠い見知らぬ異国で死んだ 画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのは あなたがの遺したたった一枚の絵だ

あなたの絵は 赤い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国の あのふるさとの夕灼け色
あなたの胸をそめている 父や母の愛の色だ

どうか恨まないでほしい
どうか咽かないでほしい
愚かな私たちが あなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく 五十年も経ってたどりついたことを

どうか許してほしい
五十年を生きた私たちのだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを

遠い見知らぬ異国で死んだ 画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのは あなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵に刻まれた かけがえのないあなたの時間だけだ


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2001年7月に出た第Ⅲ集
やはり始めのページに窪島氏の詩が載っています。








「棺」ではない
         窪島誠一郎




こゝに建っている美術館は
「棺」のような形だが「棺」ではない
だれもが、「祈り」をさゝげる美術館だが
それは死者への「祈り」ではない

若者たちがのこした生命の欠片を
一つ一つ拾い集めるために私たちが訪れる美術館だ
私たちの貧しい貧しい心の革袋に
かれらのながした涙の雫をためて帰る美術館だ

若者たちの絵にあふれた春の陽差しには
私たちがうしなってきた 五十余年の月日がある
若者たちの絵に息づく灼い友との語らいには
私たちが忘れてきた あの日の哀しくむごい記憶がある

だから こゝに建っている美術館は
「棺」のような形をしていても「棺」ではない
だれもが「祈り」をさゝげても
それは死んだかれらへの「祈り」ではない

「祈り」をさゝげるとすれば
かれらの絵の前に生きている
私たち自身にさゝげる「祈り」だからだ

by hohho-biny | 2010-05-23 10:42 | 詩の時間

無言館への旅

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長野県上田市の塩田平にある
無言館へ行きました。
1997年5月開館した年に訪れて以来、
私は三度目の訪問です。
自ら出征した体験を持ち、戦争を生きのびて画家になられた野見山暁治氏が、戦後ずっと思い続けていた「戦火に消えた画友たち」への思い。その思いに打たれて共に全国の画学生の遺族を尋ね、遺作を集めた信濃デッサン館館長の窪島誠一郎氏。
お二人の奔走と尽力によって戦没画学生慰霊美術館「無言館」は生まれたのです。
全ては賛助基金でしたので、開館時私も心ばかり協賛しました。





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目も口も 
絵の具の剥げし 
兵隊像まずありて
「無言館」の 
重き悲しみ

上田市 武井美栄子 
1997・5・26(朝日)





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無言館の前庭にパレットの形の石像があり、
たくさんの名前が刻まれていました。








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無言館への坂道の木立
新緑が素敵♪












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坂の途中に
2008年9月20日に開館した分館
「傷ついた画布のドーム」と
「オリーヴの読書館」があります。

無言館開館後に収蔵された作品や常設できなかった作品を展示しています。






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前庭には「絵筆の椅子(ベンチ)」
90人の画家や画学生たちの絵筆が埋め込まれています!










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壁面を汚している赤いペンキは、
2005年6月18日に「無言館」の慰霊碑にペンキがかけられた事件を復元しています。
「無言館」が多様な意見、見方のなかにある美術館であることを忘れないために作られました。

非戦の庭には、沖縄の摩父仁の丘より採掘された200トンの石が敷かれています。





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坂道から振り返ると美しい里山の風景

桐の花が美しい♪











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二枚とも絵葉書です。(中は撮影禁止なのでお見せ出来ません)
左は無言館へつづく道と正面、館の全形はコンクリートの棺のような形。
右は分館内部
天井にはデッサンや油絵がはめこまれていて、一枚のフレスコ画を思わせます。
教会のドームのような建築です。

無言の一つ一つの作品の中に、戦死した画学生たちのもう一つの生命が生きていて、胸ふさがれる思いでいっぱいになり、戦争の愚かさや何気ない日常の平和の大切さが錯綜して、
見る私の心にたくさんの思いをかきたてるのです・・・

交通の便の悪い場所にありますが、このブログを読んで下さった方は、是非一度訪ねて衝撃の思いを体験していただきたいと思います。未来の平和のために。
by hohho-biny | 2010-05-23 08:32 | 気まま旅