愛する人に
2012年 02月 18日
伊藤若冲の梅花図二点です。
梅の花が咲く季節になると思い出す好きな詩があります。
愛する人に 井上 靖
洪水のように、
大きく、 烈しく、
生きなくてもいい。
清水のように、 あの岩陰の、
人目につかぬ滴りのように、
清らかに、 ひそやかに、 自ら耀いて、
生きて貰いたい。
さくらの花のように、
万朶を飾らなくてもいい。
梅のように、
あの白い五枚の花弁のように、
香ぐわしく、きびしく、
まなこ見張り、
寒夜、なおひらくがいい。
壮大な天の曲、神の声は、
よし聞けなくとも、
風の音に、
あの木々をゆるがせ、
野をわたり、
村を二つに割るものの音に、
耳を傾けよ。
愛する人よ、
夢みなくてもいい。
去年のように、
また来年そうであるように、
この新しき春の陽の中に、
醒めてあれ。
白き石のおもてのように醒めてあれ。
詩集「シリア砂漠の少年」より
今、母を看ながら思うのです。
母こそ、この詩の梅の花のような人であったと。