ホッホーとは、ふくろうの鳴き声です。また、「なるほど、なるほど、ホッホー」と感心する声でもあります。


by hohho-biny
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上村松園の美

f0139963_7201638.jpg上村松園の展覧会、
何はさて置き観に行きます。
東京国立近代美術館で今日まで。
10/14木曜日、開館10時前から長蛇の列のチケット売り場に並んでいたら、見知らぬオジサマが私に近づいて来て、「これ、差し上げますよ。」と招待券を下さったのです!!
♪♪ラッキー♪♪

上村松園が描く女性美には、若い頃から強く惹かれていて、展覧会が来ると必ず観に行きます。
女性の凛とした品格の高さには、松園が磨き上げてきた技術と女性に寄り添う心情の深さがオーラを放ち、明治、大正、昭和を生きた松園の生きざまが表現されていて、感動に包まれます。

あまりにも有名な「序の舞」 昭和11年 
この凛とした立ち姿に松園の全てが込められています。


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明治・大正時代、妻子ある師を愛し、ジングルマザーを選択した松園の思いは如何ばかりであったのか?
女の情念の描写も、息をのむ凄さがあります!!

「焔」 大正7年

謡曲「葵上」より、六条の御息所が、光源氏の正妻葵上への嫉妬に狂い、生霊と化した姿







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私が松園の作品と出会ってから数十年の月日が経過しましたが、その時々の環境や心情で惹かれる作品はさまざまです。

「はながたみ」 大正4年

今回はこの作品の前で、いろいろ想いました。
帝の寵愛を受けた女性が、置き去りにされ、心を病んだ姿です。
心の病におかされた人の顔は、無表情で能面のようになります。
松園は精神病院に通って何枚も写生したそうです。




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当時、松園が絵画の道に進むのを周囲は猛反対した中で、母仲子だけが「好きな道に精進しなさい」とずっと支援してくれたそうです。その母上が亡くなった年の作品。母へのオマージュです。
「私を生んだ母は、私の芸術までも生んでくれたのである」と。

「母子」 昭和9年






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手先が器用だった母の思い出作品。
葉茶屋の仕事が終わって針仕事に打ち込む母。
日が暮れて手元が見えにくくなると、開いた障子の間から手を出して針に糸を通そうとしている。


「夕暮」 昭和16年





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          「晩秋」 昭和18年

          こうした市井の人々の日常の暮らしを
          描写した作品が私は好きです。











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「待月」 昭和19年

私が若い頃は、このように女が独りでもの思いに耽る姿に憧れました。







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「娘深雪」 大正3年

振り向きざまの初々しい恥じらいの表情が好きな時代もありました。
浄瑠璃「生写朝顔話」のヒロインがモデル。
恋に落ちた男からの歌が書かれた朝顔の扇子を見て思い出に浸っていた深雪が、人の足音にハッとして扇子を隠す場面。







f0139963_827796.jpg「新蛍」 昭和19年

松園は蛍の姿を多く描きました。
蛍の光にどんな思いを込めたのか?
昭和24年の絶筆「初夏の夕」は、団扇を持って一匹の蛍を振り向いている女性の姿でした。
昭和24年8月、肺癌のため死去。
74歳でした。合掌。
by hohho-biny | 2010-10-17 08:58 | 展覧会