ホッホーとは、ふくろうの鳴き声です。また、「なるほど、なるほど、ホッホー」と感心する声でもあります。


by hohho-biny
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無言館への旅 その二

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1997年8月に訪問した時に求めた画集です。
展示されている作品と一人一人の経歴と戦死地、その絵を手離す時に遺族が語った真実の言葉が簡潔な文章にまとめられていて、何度読んでも涙がこぼれます。







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1999年7月、第Ⅱ集が出ました。
無言館の来館者が綴った「感想文ノート」からの声が織り込んであります。
始めのページに「無言館」館主、窪島誠一郎の詩が載っています。
素晴らしい詩なので、ここに書き写して記録します。





あなたをしらない
         窪島誠一郎



遠い見知らぬ異国で死んだ 画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのは あなたがの遺したたった一枚の絵だ

あなたの絵は 赤い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国の あのふるさとの夕灼け色
あなたの胸をそめている 父や母の愛の色だ

どうか恨まないでほしい
どうか咽かないでほしい
愚かな私たちが あなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく 五十年も経ってたどりついたことを

どうか許してほしい
五十年を生きた私たちのだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを

遠い見知らぬ異国で死んだ 画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのは あなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵に刻まれた かけがえのないあなたの時間だけだ


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2001年7月に出た第Ⅲ集
やはり始めのページに窪島氏の詩が載っています。








「棺」ではない
         窪島誠一郎




こゝに建っている美術館は
「棺」のような形だが「棺」ではない
だれもが、「祈り」をさゝげる美術館だが
それは死者への「祈り」ではない

若者たちがのこした生命の欠片を
一つ一つ拾い集めるために私たちが訪れる美術館だ
私たちの貧しい貧しい心の革袋に
かれらのながした涙の雫をためて帰る美術館だ

若者たちの絵にあふれた春の陽差しには
私たちがうしなってきた 五十余年の月日がある
若者たちの絵に息づく灼い友との語らいには
私たちが忘れてきた あの日の哀しくむごい記憶がある

だから こゝに建っている美術館は
「棺」のような形をしていても「棺」ではない
だれもが「祈り」をさゝげても
それは死んだかれらへの「祈り」ではない

「祈り」をさゝげるとすれば
かれらの絵の前に生きている
私たち自身にさゝげる「祈り」だからだ

by hohho-biny | 2010-05-23 10:42 | 詩の時間