ホッホーとは、ふくろうの鳴き声です。また、「なるほど、なるほど、ホッホー」と感心する声でもあります。


by hohho-biny
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カテゴリ:セピア色の時間( 32 )

終戦記念日に

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今日は終戦記念日。
「傾斜地」と題した母の短歌を読みました。
昭和の記録 歌集八月十五日 にかつて掲載された作品です。
硫黄島で戦死した母の兄を詠んだ六首です。

 ☆ 傾斜地に兄の堀りたる横穴にわれ等空襲よりまもられてをりぬ

 ☆ ただ一度だけの面会横須賀に足は軍服きりりとありぬ

 ☆ 面会が最後となりぬ挙手をして笑みたる顔の今に浮かべり

 ☆ 硫黄島にのこる戦跡そのかげに宿るあまたの兵の魂魄

 ☆ 自転車を二台連ねて遠出せし記憶のかなた兄の広き背

 ☆ 学徒兵を神宮外苑に見送りしあの澄みし空今に忘れず

当時、庭の半分を占めていた傾斜地と池、その斜面に兄が横穴の防空壕を掘ってくれたのは
昭和18年頃のこと。
東京の空が頻繁に空爆を受ける以前であった。
高さ二米、奥行三米、なお右折して二米もあったと思う。
兄はかなりな体力の持ち主だったので、自慢したい程の避難所になった。
今はすべて跡形もないが、記憶の中の防空壕は硫黄島で戦死した兄の大事な遺産となった。
大きなスコップで来る日も来る日も土をかき出していた俤が今も鮮やかである。

写真は、母の兄の遺品。記念品箱にいっぱい!!
陸上競技大会や武道大会などで入賞したメダルたち!幼年倶楽部のバッヂもある。
スポーツマンだったようです。
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伯父が友人と二人で編集出版していた雑誌。
文学史観、文学雑感など執筆している。文学青年でもあったらしい。

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遺されている尋常小学校から大学までのアルバム各4人分!!
助けてくれ~と叫びたい。本人が写っているページだけ切り取って捨てた。

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亡き母が専攻科1年の時の習字。小・中・高の教員免状を持っていた母は勤勉な努力の人でした、

父と母が処分できなかった遺品の数々を一つ一つ開いて眺めながらセピア色の時間に浸っています。
実家の片付けとの闘いも終盤を迎えました。全てのモノを点検しました。
これも私なりの供養かと・・・
休みの日を全部使って取り組み、莫大なエネルギーを吸い取られました!!
代々遺された血族の遺品整理は並大抵ではありません。夥しい数の手紙や写真(整理されていない)、作文、通信簿、論文、書類、趣味の作品、手帳等など、過去からのメッセージが届いて身を正されます。
戦争を乗り切って皆、一生懸命マメに生きていました!!
セピア色の世界はスゴイのです。

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8月11日、お墓参りをして花を捧げ、「好き放題生きて、ガラクタばかり遺して、まったくもう許せないよ~350本の椿の移植なんて汗だくだったんだから~ 後始末の事を考えてやってよね。プンプン」と報告しました。
by hohho-biny | 2013-08-15 23:58 | セピア色の時間

古いモノの声を聴く

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         お手伝い りんごのほっぺ 昔の子


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         ワルシャワの 沈黙語る 石の家          
  

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         すがりたい 救われたいと 飾る顔
by hohho-biny | 2013-06-21 08:24 | セピア色の時間

父の遺せしモノ

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         肖像画 遺されてもねえ 飾らない


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        ちちははの 格差あらわな 形見かな  

        姫のまま ダルマとなって あの世へと

        父の夢 西郷サンに なれぬまま   

        父の日は 母の日に負け 遠雷か      
by hohho-biny | 2013-06-16 20:40 | セピア色の時間

古きモノたちに光を

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実家の片付けは、ほとんどのモノを捨てていますが、時々「おや!これは!」と思うモノに出会います。
シミ・カビだらけですが、半世紀以上を生き抜いてきたモノたちに光を当ててあげたくなります。
このネコちゃんのの刺繍のかわいいこと!!手仕事の素晴らしさに見入ってしまいます!!

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子犬たちは生きているかのようにじゃれあっています。
これは多分、ホッホーの曾祖母(母のおばあちゃん)の作品です。
古い裁縫箱に刺繍糸の残りがしまってあります。

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これは誰が作った姉さま人形なのかはわかりません。湿気とホコリとカビまみれの地下室にありましたが、ガラスケースに入っていたので、損傷が少なかったのです。
何ともほっそりと哀愁がただよっていて、捨てるのに忍びなく、光を当てました。

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自分では見ることのできない後ろ姿にも神経の行き届いた姉さまたちです。

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地下室にほったらかされて、ホコリと錆びとバイキンでドロドロになっていた海外のスプーンたち。
1本1本磨いてみたら、輝きを取り戻しました!
父が海外で買い求めたモノのようですが、整理整頓、後始末のできない人でしたから、遺された者が困るのです。
よく見ると都市の名前が入っているので、どこに外遊していかにお金を使ったかが判り!!!

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by hohho-biny | 2013-05-31 23:58 | セピア色の時間

母のお人形

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母のタンスにしまわれていた
お人形と猫ちゃん
母が作ったものなのか、どなたかに頂いたものなのか?
お人形の鼻がとれていて、
ハナぺチャだけど かわいい♪
黒猫のお尻はハートマークで椿の花ががチョコンと貼りついて♪





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黒猫がひっくり返ると・・・
椿のお腹!
持ち帰ってみましたが、ふくろうだらけのホッホー家には、似合わないのでした★
by hohho-biny | 2012-04-30 18:23 | セピア色の時間

遺品は語る

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遺された品々を通して、亡き人の一生が浮かび上がってきます。
母の遺品を片付けに、休みごとに実家に通っています。
膨大なモノたちが遺されていて・・・ホッホーの老後は、
遺品整理で終わってしまうのではないかと思う日々です。



椿を愛していた母の椿グッズは、ホッホーのふくろうグッズといい勝負!!
これは遺伝子なのでしょうか?
アクセサリーの引き出しは、椿製品ばかり♪

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アクセサリーの
デザイン、素材、色調など、
ホッホー! ホッホー♪









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人は独りで生まれて独りで死ぬ。
ああ~それなのに、一生に関わった人たちの何と多いことよ!!
遺された名簿の数々。
ホッホーは知らない人ばかりなのでした。
人の一生ははかり知れない彩に包まれています。




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          母の整理ダンズの底に、こっそりしまわれていたカード!
          こういうモノが出てくると、涙腺がゆるみます。

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          開くと立体カードになっているお誕生日カード!
          孫のキーポンが幼い頃にバーバに贈ったものでした。
by hohho-biny | 2012-04-25 07:36 | セピア色の時間

母の再生を願って

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二回も心肺停止し脳死した母の脳細胞を何とか活性化できないものかと、毎晩仕事帰りに病院に寄っていろいろ語りかけて試しています。
時間が夜8時に近いので、大概は眠っています。
眠っていても目が開いていても、いろいろ試します。
その活性化剤の一部を記録しておきます。
反応はその日によってまちまちです。

この絵本は、しりとりになっていて楽しい♪ので、始めから終わりまで読みます。
言葉を思い出すきっかけになればと思うのです。

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庭に来る野鳥を愛していた母に、この下敷きを見せて身近な鳥の名前を読み上げます。

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裏表に鳥がいっぱい描かれています。
以前母に贈った下敷きです。

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私の祖父(母の父)の作品が私の手元に10枚遺されています。
祖父は建築家でした。
関東大震災の後の宮内庁復興局に勤め、都市復興に尽力しました。
震災の翌年に生まれた母の名前は、復興の興をとって ”こう” としました。

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これは多分、祖父の若き日のデザイン習作です。
これを見せながら、母に語りかけます。
「これ素敵なデザインでしょう。 お父さんの作品ですよ~ 覚えていますかぁ~ 
色合いがきれいですね。あなたの色彩感覚は、きっとお父さんゆずりですねえ・・・
私には遺伝しませんでしたけどねえ~」

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祖父は、私が小学校5年の時に結核で亡くなり、当時母は結核療養所に入院していましたから、父親と母ががどんな父娘関係だったかは知るよしもありません。

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こうして約一世紀前の作品を眺めていると、人が賢明に生きていた時代の声なき声が聞こえてくるような気がします。
祖父は勤勉実直な優しい人でした。晩年は結核を患ったため、私は遠ざけられていましたが、一緒に作った押し花標本が押入れの奥に眠っています。
何回も新聞を取り替えて、重しをしてくれた几帳面な思い出が、祖父の書棚や勉強机と共に脳裏に焼きついています。
by hohho-biny | 2012-02-23 10:21 | セピア色の時間

義父の道と菜の花

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昭和40年代、今は亡き義父晩年の作詩です。
開拓と開墾に生涯をかけた教育者でした。
人の道を説くのが好きでした。
「まあ お座んなさい」から始まり、お説教は延々と続くのでした。

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義父に贈られた詩が二編、手元に遺されています。
母の詩とともに、「ゆくて」と題した冊子に収められています。
挿絵、編集、製本は母の手作りです。
今、読み返すとどの詩にも、人として親としての思いがあふれていて涙がこぼれます。
by hohho-biny | 2012-02-23 08:10 | セピア色の時間

母の歌集と椿

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人工呼吸器と点滴で生かされて、眠りの森を彷徨っていた母は、脳死状態で一週間が経過しました。
八日目、奇跡的に目が開きました!
黒目が出ていないので見えてはいませんが、少し目を動かしたり首を動かしたりするようになりました。
孫のキーポンが、「キーポンですよ~ わかりますか?」と呼びかけると、少し頷いたようでした!

ホッホーは仕事帰りに毎晩通い、呼びかけたり、話しかけたり、絵葉書を見せたり、本を読んだりしてきました。
刺激し続けることで、もしかしたら?という思いで続けています。

昨夜は、母が好きな椿の絵葉書を繰りながら、「これはプリンセス雅子よ、きれいでしょ~」と話しかけましたが、目はトロンとして反応しませんでした。覚醒と眠りには波があります。
次に母の歌集の中から、ホッホーが好きな短歌を15首位詠み上げました。
すると・・・目がパッチリ開き、歌集を見ようと動きました!!
時々目を動かし記憶の森を彷徨っているようでした。
呼吸器から何回か声がもれたような気がしました。
意識がなくても耳は聞こえているのですね!

母は短歌が好きで、昭和51年から短歌の会に所属しており、過去に三冊の歌集を自費出版しました。
黄の水盤(昭和60年4月15日発行) 母61歳
野鳥家族(平成4年3月25日発行) 母68歳
ユリの木(平成12年1月12日発行) 母76歳
還暦から7年毎に数百種の歌を収めてあります。

昨夜は「ユリの木」から詠み上げました。
もともと雑木林の湧き水のあったところに住み、樹木を眺め、花を待ち、みのりを待ち、鳥を待つ、そんなリズムの中で穏やかに過ごしていた母です。

 ☆花に佇ち花をみつむるいづこにも木の祝祭の開かるるとき

 ☆樹下に置く小さき椅子の旧りたれどいつよりかわが指定席なり

 ☆いくたびも心に植ゑし記念樹の亭亭としてそれぞれのかげ

 ☆同じ丈に芽生えしナギをいとほしみなにも競はぬ平安にをり

 ☆赤松の古木二本をくぐり来し長き歳月 松は傘なりき

 ☆餌台にみかんを置けば四十雀も目白も冬のわが家族なり

 ☆天秤にかけられぬもの多きかな思ひの丈も心ごころも

 ☆時の粒一つ一つの寄り合ひてやがて花季 椿咲くなり

 ☆ふたたびを枝に還らぬ花の声木の傍らに耳澄ますべし

 ☆とり壊す家の一間に置かれありしサクラクレパス二十四色

 ☆柵のなき友といはれし安らぎにふり向けば遠く草原つづく

 ☆何気なく今生といひ末期とも 一つの生は花あるものを


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by hohho-biny | 2012-02-16 10:10 | セピア色の時間

母が娘二人に贈った言葉

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かつて、娘たちが嫁ぐ日に母が贈った版画と短歌。
母も娘たちも、今はすっかり忘れてしまった一連の写真に添えた短歌。
忘却の彼方の過去を記憶にとどめるために記録しておきます。
大正生まれの母が昭和の娘たちに託した気持ち。


        芽吹きたる桜並木の道の辺に
                春を拾いて北に運ばん

        親と呼び子と呼ぶかたち印画紙に
                刻めばすがし春宵の宴

        青草のもゆるに似たるふたりにて
                残雪の駒岳春のけわいす

        大きなるケーキに真向い大きなる
                心持てよと声の寄せくる

        あしたよりはばたく翼蒼穹に
                ここにも生の命あたらし

        あるかなきか細々つづく一筋の
                道のゆくてに春愁のあり

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        胸元にかすかににおう洋らんの
                ゆれとどまらぬ春の宴よ

        かくれんぼおにさんこちらと呼ぶ声の
                今宵に限る吾が子との距離

        祝福を翼にのせてはばたかん
                春冷えしきる空の極みに

        はしとはしふたりで持てばなわとびは
                しあわせの文字うまくくぐせり

        子の干支をかかえてみれば物言わぬ
                口から尾まで血の通いくる

        コバルトの海に浮かびてなお染まぬ
                若人の顔 陽に輝けり
by hohho-biny | 2012-01-14 23:50 | セピア色の時間